USE CASE

ライブ試合の視線と認知負荷を読み解く
──バスケ現場で進むアイトラッキング×AI研究

コーチと審判は、何を見ているのか?アイトラッキングとAIが捉えるライブバスケの認知プロセス

プロバスケットボールの現場では、コーチも審判も、瞬間ごとの判断を積み重ねています。では彼らは、どこを見て、どんな状況下のもとで意思決定しているのか。
この問いに対し、ウェアラブルのアイトラッキングとコンピュータビジョンを組み合わせ、ライブのコート上で“専門家の見え方”を可視化しようとする研究が報告されています。
本稿では、Pupil Labs が紹介したユースケースをもとに、研究アプローチと初期結果、そしてこの取り組みが意味するものをニュース解説としてまとめます。

※本記事は、Pupil Labs 公式ブログのユースケース記事を参考に内容を整理しています(原文はこちら):
Eye Tracking and AI in Live Basketball

なぜ「ライブ試合の視線データ」は難しかったのか?

pupillabs ユースケース イメージ画像 バスケとアイトラッキング

スポーツにおける視線研究自体は古くからありますが、実験室のような均質条件を作ることはできません。
とくにプロスポーツであればそれは如実となります。実際の試合でコーチや審判、プレーヤーといった専門家と同じように、「何をどう見て判断しているのか」を研究者が測定する設計と運用が課題とされてきました。

  • ボールの予測不能な動き
  • 選手の配置や戦術の変化
  • 観客など周辺要因によるノイズ
  • 審判・コーチ自身の位置取り

こうした“現場ならではの混沌”を含んだまま視線と状況を結びつけるために、視線だけでなく「その視線の先に何があるか」を同時に扱う必要があります。


新アプローチ:アイトラッキング × AI映像解析で”見ている対象”を推定

pupillabs ユースケース イメージ画像 バスケとアイトラッキング

要点:
視線(Neonのgaze)とシーン理解(AI映像解析)を同時に扱い、AOI(注視対象領域)を更新しながら「誰/何を見ていたか」を推定します。
取得した特徴量(例:注視回数(gaze count)、瞳孔径(pupil diameter))をもとに、局面ごとの注意の偏りや変化を読み解きます。

今回のユースケースでは、①視線がどこに向けられているのか(アイトラッキング)と、
②その視線の先に“何”があるのか(AIによるシーン理解)を同時に処理し、重ね合わせる方法が紹介されています。

バスケットボール試合中のNeonのフレーム画像

図:ライブバスケットボール試合中のNeonによるカメラ映像(1フレーム)。赤枠はYOLOv8Nによる選手検出、青点は審判の注視点(gaze point)を示す。
出典:Lozzi, D. et al., AI-Powered Analysis of Eye Tracker Data in Basketball Game, Sensors 2025, 25, 3572, DOI: 10.3390/s25113572(CC BY 4.0)。

STEP 1

試合中の視線をウェアラブルで取得

視線データの取得には Pupil Labs Neon が用いられ、ライブ試合中の視線(gaze)を記録します。
さらに、特徴量として 注視回数瞳孔径 が扱われ、瞳孔径は認知負荷の 代理指標(proxy) として言及されています(あくまで代理指標としての扱いであり、解釈は研究設計に依存します)。

STEP 2

映像側はAIで解析し、対象(人・チーム)を推定

シーン側は2つのAIモデルで処理される構成が示されています。

  • YOLOv8N:選手や物体を検出
  • SegFormer:ユニフォーム色からチーム所属を推定

これによりフレームごとに「どこに誰がいるか」を更新しながら、視線データと突き合わせる前提が整います。

STEP 3

AOIを更新し、「誰を見たか」を突き合わせる

AIが検出した選手などを AOI(Area of Interest)として定義し、視線がAOIに重なったかどうかをもとに
「何を/誰を見ていたか」を推定します。その上で、注視回数や瞳孔径のような特徴量を抽出し、局面の違いを比較します。


予備結果:コーチと審判では“負荷が上がる局面”が異なる

pupillabs ユースケース イメージ画像 バスケとアイトラッキング

Pupil Labs社の記事では、実試合での初期テストとして、置かれた環境下(条件)での視点や負荷の違いが紹介されています。

審判

  • 守備側を観察する場面で瞳孔径が大きくなる傾向があり、守備アクション評価時は、瞳孔の拡張率や注視回数の増加から認知負荷が高い可能性が示唆されています。

コーチ(攻撃時)

  • 攻撃フェーズで自チーム選手への注視が増え、視覚的要求が高まる傾向が示唆されています。

コーチ(守備時)

  • 守備プレー時に 瞳孔径注視回数 が増える傾向があり、プレッシャー下でより大きな精神的努力が必要になる可能性が示唆されています。

総括として、注意戦略は役割とゲーム状況によって大きく変わる点が強調されています。


何が変わる?──“現場の意思決定”を訓練設計に落とし込める可能性

記事では、この取り組みをスポーツ心理学・パフォーマンス分析の前進として位置づけています。
実験室の制約を越えて、実環境での視覚的注意や負荷の変化を捉えることが狙いです。

  • コーチングの振り返り:専門家の見方を共有し、レビューに活かす。
  • 審判トレーニング:負荷が上がりやすい局面を理解し、判断の質の向上につなげる。
  • 支援ツール検討:意思決定を助ける提示や分析手法の検討材料にする。

※上記は記事の記述を踏まえた「応用の方向性」の整理であり、具体的な効果を断定するものではありません。


今後の方向性:自動シーン分類と“認知レーダー”構想

記事では今後の展望として、次の方向性が述べられています。

  • 自動シーン分類:重要イベントのラベリング作業を効率化する狙い。
  • 追加センサー統合による拡張:視線以外の入力も含め、より多次元に行動を捉える「cognitive radar」のような構想。

いずれも初期段階の構想として紹介されており、今後の検証・拡張が前提です。


このユースケースから分かる「実装のポイント」

装着〜同期〜解析まで、記事内容を「実装視点」で整理します。

  • 「視線」単体ではなく「視線 × シーン理解」が前提
    ライブ環境では状況が高速に変わるため、AOIを更新し続ける設計が重要です。
  • 瞳孔径は代理指標(proxy)として慎重に扱う
    記事では認知負荷の代理指標として言及されていますが、断定を避け「示唆」として扱うのが安全です。
  • 「現場で回す」ための現実的な実装が焦点
    リアルタイム性は処理速度だけでなく、運用が継続できる構成(装着・収録・同期・解析)を含みます。

まとめ

実試合のように再現困難な環境でも、アイトラッキングとAI映像解析を組み合わせることで、専門家がどこを見て、局面によって注意や負荷の指標がどう変化し得るかを比較する枠組みが示されています。
役割ごとの違いを整理できれば、レビューやトレーニング設計を考える際の材料になり得ます(効果の断定は避け、今後の検証が前提です)。

実環境での視線計測を検討する方へ(Pupil Labs Neon)

今回のような「動く現場」で視線計測を成立させるには、機材選定だけでなく、計測設計やデータ処理フローまで含めた構築が重要です。
Pupil Labs Neon の製品仕様・導入相談は、下記ページからご覧いただけます。


出典
・Pupil Labs Blog: How Experts See the Game: Eye Tracking and AI in Live Basketball

・Lozzi, D. et al. “AI-Powered Analysis of Eye Tracker Data in Basketball Game.” Sensors 2025, 25(11), 3572.
・関連ドキュメント:Pupil Labs Docs: Reference Image Mapper(Pupil Cloud enrichments)